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2011年04月09日

「原子力」未来はあるでしょうよ。



 まず、福島第一原子力発電所事故現場の最前線で被害を食い止める命懸けの作業をされておられる方々とそのご家族に感謝と敬意を表します。小生の周囲でも自衛隊員の派遣を見送る家族が何組かおられる。日本のため、本当に有難うございます。

 今日(8日)、統一地方選に向けて、共産党候補事務所より電話があった。ここぞとばかりに「原子力反対」を唱える。いきなり「○○原発はすぐに停止させます」ときた。「では、現在の電力消費を、どのように補うのですか」と聞けば「それは、今すぐでなくて・・・徐々に・・・」と、はじめの威勢のよさが失せて、歯切れが悪い。共産党と限らず、反原子力は選挙宣伝のようだが、「反原発」をひとつの意見として聞いてもよいが、同時に現実的なエネルギー問題と併記して政策を打ち出すのが政治だ。そこで、必ず、自然エネルギーというが、これこそ、喫緊で解決できる手段ではない。 こういう時期だからこそ、エネルギー問題と併記して反原子力に走らない議員の方が、よほど信頼がおける。

 この事故を材料に市民運動(左翼プロ市民運動)が活発化し、一時的な、後退気運は起きるが、危険への認識が深まると同時に、安全を確保するだけの技術の高まりと理解も出てくると見る。少なくとも、外国政府は、原子力に対する自国民の反応を見ながらも今回の福島第一原子力発電所事故から、より安全性を確保したシステムを構築し今後のエネルギー政策に反映させる動きをしているとみるのが自然だ。

 原子力は、扱いを誤れば、危険であることは事実だ。知らないゆえに不安を持ち、そこからくる反対の声も自然である。一般推進者も、安全確保あっての推進だ。
 どのように安全を確保して活用するかが人類の英知ではなかろうか。 エネルギー問題として原子力の危険性と有効性、そして必要な安全性を共有し、取り組むべく国民レベルで教育にも力を入れるだけの姿勢が欲しい。国家機関や東電の隠蔽体質改善もそのうちに入る。
 日本におけるこの問題は、防衛問題と酷似する。国民の意識改革が迫られているときだ。
タグ:原子力
posted by シューティング・スッター at 01:39| Comment(0) | このニュースを見て
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