おすすめCM ・ケンコートキナー http://www.cmsite.co.jp/kenkotokina/?4078869230zRZgr5ugFyV2Zh

2011年04月17日

原子力発電をなくすことが解決か



 先の選挙で、候補者の事務所から「今すぐ、原発をなくします!」という電話が入った。そこで「なくして、どのように対処するのですか?」と言ったところ、シドロモドロになって「それは、今すぐじゃなくて・・・」とはっきりしない。原子力発電の危険性を問うなら、何時、来るか分らない天災に対しては、「今すぐ止める。その分を、このような方法で対処が可能」というのが政治のはず。しかし、今、そのような代替案があろう筈も無い以上、政治家は、現実的なことを言うのが筋だ。
 その候補者にとっては、今回の事故を「それみたことか。だから反対してきたじゃないの」と思っているのだろう。だから「反原発」を言えば、票になると思ったのかもしれない。

 人類は火を扱うことができる。しかし、今も火よって命を失うことがある。そのような、生物が恐れる「火」を文明の発達とともに、制御法も身に付けてきた。それができない原始時代は、火を見ただけで逃げ、遠ざかるしか術はなかった。利器とは常にリスクが存在する。100%安全なものはなく、そのリスクを理解し向き合ってきている。

 日本人の現在の人口は、今日の発電能力の表れといっても過言ではない。人口にも寿命にも、発電量が大きく影響している。経済や産業にも影響がくるのは必至だ。今、原子力発電をとめれば、人口の維持ができなくなる、つまりは、その影響で、反対者の周囲でも、誰かが命を落とすこともあるだろう。
 真剣に「原子力発電をいらない」というからには、原子力発電をなくした分の発電量の場合の社会を想定しているのだろうか。

 現場では懸命の事故対応を行っている。そのための新たな知恵も出てくるだろうし、国民が原子力を本当に理解する機会でもある。今後、明らかになってくることで、怠らなければ防げたところは、責任追及されるべきだが、一方的な反対は、未来への可能性の遮断となることにもなる。
タグ:原子力
posted by シューティング・スッター at 10:53| Comment(2) | このニュースを見て
この記事へのコメント
『真剣に原子力発電をいらないというからには、原子力発電をなくした分の発電量の場合の社会を想定しているのだろうか』。
全くもって同感です。
Posted by ソーキ at 2011年04月17日 11:52
ソーキ様

 コメント有難うございました。
…の…の…のと変な文章になってしまいましたが、これからも時折、覗いていただければ幸いです。
Posted by シューティング・スッター at 2011年04月17日 18:00
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: